局所麻酔と耳鏡手術(耳鏡下耳内耳科手術-じきょうかじないじか-)で日帰り可能に

遠隔地の患者にも対応した道内初の鼓膜形成術・鼓室形成術

桂林耳鼻咽喉科・中耳サージクリニック桝谷将偉 院長
札幌市厚別区厚別中央2条5丁目6番3号 デュオ2 4階 TEL.011-801-4133

耳鼻咽喉科では道内初となる「日帰り手術」を施行している桂林耳鼻咽喉科・中耳サージクリニック。局所麻酔下で最小限の皮膚切開で行う耳鏡下耳内耳科手術は、不安やの心疾患など他の病気のために全身麻酔での手術を見送っている患者にも局所麻酔で対応。さらに日帰り手術は、要望が強い短期滞在手術も実現している。同クリニックの桝谷将偉院長に耳鏡下耳内耳科手術の特徴と日帰り手術の流れを解説してもらった。


「メディカルページ札幌2018夏号」(平成30年7月3日発行)の冊子に掲載された記事です。

鼓膜形成術と鼓室形成術の違い

耳の穴に音が入ると、まず「鼓膜」と呼ばれる厚さ0.1mmの薄い膜状の組織を振動させます。この鼓膜には、「耳小骨(じしょうこつ)」と呼ばれる人体の中で一番小さな3つの骨が連結しており、鼓膜に伝わった音の振動を、さらにその奥の骨に埋もれた「内耳(ないじ)」と呼ばれる部分へと伝えていきます。
ここで音の振動は電気信号へと変換され、神経を通って脳へと音の情報が伝えられていきます。この音の伝わりの中で最初の重要な部分である耳小骨が存在する空間の部分(鼓膜と内耳の間の空間)を「鼓室」と呼んでいます。
鼓室の手術、つまり「鼓室形成術」というのは、この空間に出来た病気を取り除くことや、鼓膜の損傷や耳小骨の破壊・奇形などにより聞こえが悪くなっている場合に、その音の伝達機構である耳小骨を患者さんご自身の軟骨などを用いて作り変えたり鼓膜を修復する手術の事を言います。
似たような手術に「鼓膜形成術」という術式がありますが、これは鼓膜のみを耳の外側から修復する方法のことを言います。それぞれの所用時間ですが、鼓膜形成術は20分前後、鼓室形成術は40分から1~2時間ほどの所用時間となります。

耳鏡下耳内耳科手術とは

通常、耳の手術を行うのにあたり、耳の後ろを大きく切開して、耳を前に倒す形で視野を確保し、耳の深部へと入っていきます。また、手術後には頭に大きく包帯をまくのが一般的です。 我々は「耳鏡」と呼ばれる朝顔のような形をした「直径6mm以下の金属製の小さな筒」を通して耳の中の皮膚にごく小さな皮膚切開をおき、ここから耳の深部へと入っていきます。この方法を耳鏡下耳内耳科手術と呼んでいます。 この術式の場合、術後に包帯を巻くことはありません。ただし、鼓膜が損傷している方は鼓膜を修復する材料として耳の上のやや後ろの部分を約2cmほど切開させていただき、皮膚の下にある組織を取らせていただきます。ここの部分は縫合して絆創膏を貼ってお終いです。

局所麻酔で手術を行う理由

全身麻酔は体にある程度負担がかかる処置となりますので、合併症がある方は全身麻酔をかけること自体がリスクとなります。そのため、可能な限り体への負担を少なくするために局所麻酔にこだわっております。また、全身麻酔による治療ですと、手術中には意識がないため患者さんはご自分に何が行われているかがわかりません。 意識が回復し、その後耳内の状態が安定して初めて聞こえの評価が可能となります。成功すれば良いですが、聞こえが思ったほど上がっていないようでしたら、再度手術を検討するという形になる可能性があります。ですが、局所麻酔ですと意識がハッキリしているため、聞こえが良くなったかどうかが、その場でわかります。 もちろん、病気の進行度によっては敢えて2段階に手術を分けて聞こえを取り戻すケースもありますが、一般的に一度の手術で聞こえを取り戻せる可能性が高くなります。この2点が当院で局所麻酔にこだわっている理由です。

耳鏡下耳内耳科手術の適応症

冒頭で説明した鼓膜から耳小骨にかけて病気が存在している場合が対象となります。具体的には慢性中耳炎、癒着性中耳炎、真珠腫性中耳炎、耳小骨離断、耳小骨奇形、鼓室硬化症、外耳道腫瘍などです。

手術に年齢制限はあるのか?

当クリニックでは11歳から90歳までの方が手術を受けられております。手術中の痛みを取るために、耳の中に痛み止めの薬を含んだ綿球を入れて第一段階目の麻酔とし、次に耳の中に注射を行うのですが、この処置に耐えられるようであれば可能です。私自身の経験でも、とてもお利口な9歳のお子様が、しっかりと手術に関して理解し、特に問題なく受けていただいたことがあります。

耳鏡下耳内耳科手術を取り入れた理由

聞こえが悪い、耳からツユが出る、耳鳴がするなどの症状をきたす原因として、慢性中耳炎や癒着性中耳炎など、具体的な病名をお話しましたが、このような病気をお持ちの方が、道内で一般的に手術を受けるとなりますと、全身麻酔下に耳の後ろを大きく切開し、約1~3週間の入院が必要と説明を受け、そのために躊躇するというケースが数多くあります。
また、心臓や腎臓に合併症をお持ちの方や体にある種の癌をお持ちで生活されている方では、全身麻酔をかけるという事自体がリスクとなるケースがあります。
この場合には、「聞こえをよくして耳だれを防止することができますが、引き換えに命の危険が伴う可能性があります」と説明せざるを得ない事になり、患者さんも様子を見るという選択肢を選ばれる訳です。
ですが、今後の生活を考えると、より良い聞こえが得られれば世界は変わりますし、耳からツユが出るという事がなくなれば、とても生活が楽になります。 例えば、今現在、むし歯の治療を行うのに全身麻酔をかけて虫歯を治療するという事は考え難いですよね?それと同じ事です。
もちろん局所麻酔で耳の手術を行うという事は術者にとっては相当ストレス・プレッシャーがかかります。ですが、己の技術を高め、これを行うことができるのであれば、絶対に体に優しい治療である事は明白な事実かと思います。
そもそも私がこの技術を知ったのは、大学勤務時代にさらなる良い治療方法がないかと全国の施設を行脚していた際に「仙台中耳サージセンター」の湯浅 涼先生、湯浅 有先生と出会ったことからでした。 ここで私が今現在行っている、局所麻酔下・耳鏡下耳内耳科手術が行われており、見学させていただいた際に一発で惚れました。
これこそ私が追い求めていた手術方法だと。 そこで、この技術を習得し道民に還元したいという強い思いがある旨を当時の教授・准教授、湯浅先生に伝え、国内留学をさせていただき日々技術の習得に努めたという訳です。
当時はこっそりと昔の手術ビデオを引っ張り出して夜な夜な見て、どうすれば師匠のような手術ができるかを考え、実際に当てられた手術症例を確実にこなすべき努力を重ねました。また、当時記録した十数冊のノートは自分の宝物となっております。

実際の手術の流れ[※画像は鼓膜再生手術(鼓室形成術):平成30年1月16日―患者は函館市在住の男性(63歳)]

まず、手術室に入る前に1段階目の麻酔として耳の中に麻酔薬を含んだ綿を耳の中に詰めます(写真①)。
手術室では耳の周りを消毒し、清潔な布で体を覆います(写真②、③)。
次に耳の中に入れていた麻酔薬を含んだ綿を取り除き、耳の中もしっかりと消毒した後に、耳の中に痛み止めの注射を行います。
鼓膜に異常があるケースでは、それを修復する材料としてご自身の体から「結合組織」と呼ばれるものを採取します。具体的には、耳の上やや後ろにも痛み止めの注射を行い、同部位に約1.5~2cmほど皮膚に切開をおき、皮膚の下にある「結合組織」を採取します。ここは抜糸がいらない特殊な縫い方をした後に絆創膏を貼っておしまいです(写真④、⑤、⑥)。
その後は6mm以下の耳鏡と呼ばれる器具を通して耳の中だけで処置を行なっていきます(写真⑦、⑧)。
手術後はすぐに歩いて聴力検査室にいき聴力を確認します。その後、実際に行なった手術のビデオを見せながら説明を行います(写真⑨)。
専用のリカバリールームで休んでいただき、特に問題がないことを確認してから帰宅という流れとなります。

日帰り手術を希望する遠隔地の患者さんへのアドバイス

疾患や耳の状態によって術後に通院が必要な日数は異なりますが、一般的には「手術当日、翌日、1週間後、1~2週間後、一ヶ月後」という流れで診察させていただいております。現在までに、利尻島、稚内、北見、名寄、登別、蘭越、函館など本当に多くの地域の方々に手術を受けていただいております。
手術後、クリニックの閉院時間に何かあった場合にどうしたら良いのか?という不安もあるかと思います。ですが、手術を受けた患者様には、私に直接つながる病院用の携帯電話の番号をお知らせしており、何かあればお電話をいただき対処する仕組みとしておりますので安心して受けていただければと思います。
因みに問題となるような電話がかかってきた事は今まで一度もございません。 また、遠方の患者さんで頻回な処置が必要な方は、お住いの地域の耳鼻科の医師にこまめな処置をお願いもしております。それにより当院への通院回数を減らすことが可能です。
そのほか、何かご不明な点がございましたら、お気軽にご連絡いただけますと幸いです。

◆寄稿: 桂林耳鼻咽喉科・中耳サージクリニック 院長 桝谷 将偉氏


桂林耳鼻咽喉科・中耳サージクリニック
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