「眼科と再生医療について」

新川中央眼科
小川 佳一 院長
札幌市北区新川3条7丁目1-64 TEL 011-769-1010

新聞・ニュースなどで聞いたことがあると思いますが眼科分野でiPS細胞(人工多能性幹細胞)の臨床研究が始まりました。
iPS細胞を用いた滲出型(しんしゅつがた)加齢黄斑変性に対する網膜再生医療です。具体的には患者さんから採血してとってきた血球細胞からiPS細胞を作り、網膜色素上皮細胞という細胞を作ってそれをシート状にして移植する、ということです。
今回は、最近注目されている眼科と再生医療について新川中央眼科 小川佳一院長に語っていただきました。
<取材協力>
小川 佳一 氏
(新川中央眼科 院長)
「メディカルページ平成26年度改定版」(平成26年12月5日発行)の冊子に掲載された記事です。 

ips細胞とは

ヒトの組織や臓器というのは、胎児が発生する時に最初からあるものではなく、最初は受精卵というたった1個の細胞ですが、細胞分裂を繰り返し数を増やしていき、徐々に作り出されていきます。それがどんどん変化して皮膚や、骨、筋肉などの細胞になります。これを分化と呼びます。分化した細胞同士が協調し合って、組織や臓器を作っていくんです。
もとは同じ一個の細胞ですが、分化するとその形や機能は全く別のものになります。分化した細胞を取ってきて培養しても同じ機能の細胞にしかならず、他の組織を作ることはできません。
ところがiPS細胞は、ヒトの皮膚などの細胞に遺伝子を入れて人工的に作った細胞で、まだ人間の子宮の中でたくさんの細胞に分化していない状態の細胞(幹細胞)と同じような能力を備えています。ですから、研究者は皆、このiPS細胞を使って子宮内で起こっていることと同じようなことを試験管の中で起こして、ヒトの細胞や組織、臓器などを作り出そうとしています。そうしてできた細胞や臓器を身体に移植して治療すれば、傷んだ部分を修復できる可能性があるというわけです。

滲出型(しんしゅつがた)加齢黄斑変について

今回臨床実験が行われた滲出型加齢黄斑変性と言う病気です。この病気は網膜色素上皮とが痛んでくる病気です。
網膜色素上皮は網膜(カメラのフィルムに相当)を裏打ちしている細胞です。
以前このコーナーで眼はカメラと同じ構造をしていると書きましたが、カメラのフィルムを交換する時、裏蓋のフィルムにあたる部分には黒い板がついているの見たことがあるかと思います。(もっとも最近はデジカメなのでフィルム交換もしませんが)また、集合写真を撮る時に写真屋さんが黒い布を被ってカメラを覗いていたことを覚えている方もいるでしょう。
フィルムを通り抜けた光は後ろに黒いものがあるので他に逃げずはっきりとした画像を作ってくれます。この黒い板や布の役割をしているのが網膜色素上皮です。解剖した時に黒く見え、まるで巨峰などの黒っぽいブドウのように見えるのでブドウ膜と呼ばれます。
さらに網膜色素上皮は、光を感じ取っている細胞である視細胞の古くなっていらなくなった部分を処理するリサイクル工場のような役割をしていて、加齢黄斑変性では、この網膜色素上皮細胞が機能障害を起こして処理できなくなった物質がたまって炎症を起こし、新生血管が生えたり、まわりの組織がこわれていったりすると考えられています。
ものを見る際、視細胞が光を感じ取って、その情報が双極細胞⇒神経節細胞へと伝達されていき、脳に届きます。これらの細胞はお互いに手をつなぎあって情報伝達をしていますが、網膜色素上皮は、他の細胞との連絡を必要とせず独立して働いているので、移植するということに関しては「やりやすい」と考えられます。また網膜色素上皮の構造は単純で単一の組織が並んだシート状の組織ですからiPS細胞から培養して作りやすいのです。
当然ながら、網膜色素上皮だけが痛んでいてそれ以外の細胞がまだあまり障害を受けていない状態が、この治療で最も効果が期待されます。
今回行われた臨床実験の目的は、現時点では治療ではなく移植した培養上皮が網膜下に生着するかどうか、癌化しないかどうかと言う安全性の確認のための実験です。今後移植された上皮が機能するかどうか、さらに視力の改善につながるのかどうか、検討していくための基礎実験です。
新聞などでは治療が始まったように書かれることが多いのですが、あくまで実験のレベルで治療が開始されたわけではありません。
もしこの実験が成功し、治療効果が得られれば今後は網膜色素変性症や近視性網膜症と言った網膜色素上皮に問題のある疾患に応用されてくると思います。

他の分野では

現在、有望視されているのは角膜です。
角膜の内側にある角膜内皮は角膜の老廃物を処理し、角膜の透明性を維持する役割を担っています。コンタクトレンズの装用は角膜内皮にダメージを与えてしまうので長時間の使用は良くありません。この角膜内皮が一定以下に減ってしまうと角膜が腫れ、白く濁ってきます。この状態を角膜水泡症と呼びます。治療は角膜内皮移植しかないのですが、ドナーの数が少ないのが難点です。この角膜内皮も構造は単一の細胞が1層だけシート状になっていますから網膜色素上皮と同様に培養で作りやすくiPS細胞の臨床応用に期待がかかっています。
僕の私見ですが、角膜内皮細胞の方が機能が単純でほかの組織との関係が少ないこと、すでに角膜内皮移植術は確立しているため臨床に使えるようになるのは網膜色素上皮より早いと思っています。

◆寄稿:新川中央眼科 院長 小川佳一氏


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